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2005/05/12

知的財産の保護と過保護

「知的財産保護」所謂「著作権」だ。
いくつかの企業はこれを盾に知的生産活動を
阻害するような法律の策定を求めている。

わたしは著作権にかかわるシステム全てが悪い
といっているわけではない。
著作権そのものは認めている。
自分が書いた小説を盗作され、
それがベストセラーになって盗作者が利益を得たら
やはりそれは不当な利益だというだろう。
著作者には守られるべき権利があり利益がある。

しかし、一部で主張される法律はいき過ぎだと思うのだ。
個人で楽しむための音楽データのEncodingですら
Redbookに違反するフォーマットを利用してまで禁止する。
動画も同じだ。不要な信号を付属したり暗号化をかけて
正当に購入したユーザですら不便に感じるまでに規制する。

ソフトウェアに関しても同様だ。
ソフトがどうやって動いているのか、データがどう流れるのか
そういったことを解析しようとすることすら禁じるまでになっている。

なぜこれらがいき過ぎだと思うのか。
それは技術の発展と関係がある。
「わたしがより遠くまで見通すことができたのだとしたら、
  それは巨人の肩に乗っていたからだ」
これはニュートンの有名な言葉だが、
先人達の遺した知的遺産があるからこそ、
新しい知識や技術を生み出せるということをあらわしている。

ソフトウェアの挙動やデータフローを解析することで、
こうしたらよりよいソフトになるだろうといったことや
これは別の処理に使っても効率があげられるのではないか
このアルゴリズムを使えば処理速度が上がるはずだ
といった新しいアイディアが生まれるかもしれない。
新しいアルゴリズムを考え付くかもしれない。
それによって技術が進化する可能性があるが
これらの知的生産行為すら違法と判定してしまうとしたら
技術の発展を妨げることにならないだろうか?
技術の発展を妨げる法律に存在する意義はあるのだろうか?

PaulGrahamも言っている。
「現在の技術を学び、それを改善してゆく方法を考えることができないとしたら
どうやって新しい技術を開発できるだろう。」

いまある技術も素晴らしいが、
より素晴らしい技術が誕生することは喜ぶべきことだ。
厳しい規制を主張する人々は目先の利益だけを見ていないだろうか?
少し距離を置いてそれは本当に規制するべきことなのか考えてほしい。

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