« セキュリティパッチを当てましょう | トップページ | Hate DRM!!! »

2005/08/12

自由なコンピューティングのために

PC は自由であるべきだ。これは、今わたしが強く想うことだ。 わたしが初めて PC に触れたのは大学1年のときだ。 授業で使うということと、入学祝として父から贈られたことがきっかけとなっている。 わたしは PC に触れてすぐにその魅力に引き込まれた。 最初は思うように動かせずに苦労したが、システムや技術を学ぶことで 段々と動かせるようになった。そこで「コンピュータはきちんと手順を作ってやれば 自分の思うように動かせる。思うように動かないのは手順に矛盾があったり 曖昧だったりするから」ということに気付いたのだ。

それからは、どうやったら上手く動かせるのかといったこと ( プログラミング。基礎中の基礎だが)や、様々なプロトコルを 本業そっちのけで学んだ。コンピュータは自由であり、 使うものの技量次第で多くのことを実現できる。 その魅力に惹かれたのだ。

そのためか、「自由」を不当に縛りつけるものや、 不正に使うものは断固として拒否してきた。 わたしは特許が切れた今でも GIF は使わないし、 外道の作ったMP3などというものも使わない。 これらを開発した企業は、普及するまでは「誰でも使える無料の」フォーマットとして 宣伝しておきながら、他のフォーマットで置き換えることが困難なほど 普及してから「やっぱり特許料金払えや」と態度を変える卑劣極まりない方法で、 多くのフリーウェアプログラマを苦しませた。

現在は管理する立場にいるが、毎日感じることは PC がもはや 「自由」なものではなくなっているということだ。 ActiveDirectory で環境設定とアプリを強制し、GW でユーザの ブラウジングとメールを監視・規制する。 本来は自由でなければいけない開発者でさえも、フレームワークやら コーディング規約で縛り付けられている。 もはや、企業では PC に自由の欠片もなくなってしまった。

かつて、ユーザ自身がプログラマでありエンジニアであった時代は PC というものは自由に溢れていた。ユーザは自分の好きな環境を作り、 足りない App は自分で書き上げてより使いやすい環境を作り上げていったのだ。 そのころから PC に触っていた方々から見れば、企業のコンピューティングには もはや魅力を感じられないのではないだろうか?今となっては「自由な」 コンピューティングが許されるのは、自宅だけとなってしまった。

では、なぜこうも不自由になってしまったのか? それはユーザの変異にあると考える。現在では「ユーザ」といえば ただ単に用意された環境を使うだけだ。彼らはプログラミングとは無縁だし システムの設定すらも行えないことが多い。一方でかつてのユーザの大部分を占めた プログラムの作成者はプログラマ、あるいは Developer と呼ばれるようになった。 システムの設定を行うシステム管理者、あるいは SI ( システムインテグレータ ) と合わせてもごく少数でしかない。大部分を技術力の低いユーザが占め、 残りの少数が技術者という構成に変化したのだ。

そして、ウィルスやトロイの木馬のような悪意のあるプログラムの製作者と その模倣者Kidding Cracker が増加した。先に述べたように現在のユーザの大部分は システムに関して無知だ。彼らにセキュリティホールが見つかったからパッチを当ててくれ といってもさっぱり理解してもらえないし、それだけではなく 「難しい講釈を垂れるうるさい野郎」というレッテルを貼られてしまう。 わたしは「なぜパッチを当てないんだい?」と質問したことがあるが それに対する回答は「わけ解らないし、面倒だから」だった。 これでも困ったものだが、このようなことを言うようなユーザに限って メールの添付ファイル=何でもダブルクリックだったり、 いわゆる「アングラ」ページに行って自分から地雷を踏んでくるのだ。攻撃者から見ればこういった無知なユーザーはおいしい「鴨」なのである。鴨を盗まれないためにも、管理者は厳しい規制を強制せざるを得ないのが現状だ。

不正プログラムを作る側も変化した。かつては自分の技術力を誇示するような プログラムが多かったが、現在は相手の情報を盗み出して不正に利用する スパイタイプが増えた。被害もファイルが削除されるだけというものから、 金銭的被害を被ったり社会的信用の失墜につながるなど深刻なものになっている。

実際に、ユーザの不注意による情報の漏洩が報道されている ( たとえば京都府警の 職員が Winny 使って地雷を踏んで情報が流れたとかね )。こうなるとユーザに任せるわけには 行かないからシステムを理解できる技術者を管理者として、一元管理せざるを得ないのだ。 そして、一元管理を容易にするために生まれたのが ActiveDirectory などの ディレクトリサービスである。なかでも ActiveDirectory は非常に強力だ。 セキュリティパッチやシステム設定を強制するだけでなく、App であっても 強制配布ができる。望まざる構成は一切許さない運用が可能なのだ。 なお、あまり知られていないが ActiveDirectory と GPO を組み合わせることで 全てではないが MS-Office の設定ですらも管理者が決め打ちすることができる。

管理者がシステムをロックダウンしてしまえばセキュリティや ライセンスに関係するリスクはかなり少なくなる。しかし、ユーザの利便性は 大きく低下する。自宅で殆ど PC を触らないITを避けているユーザならともかく、 コンソールの前にいることが殆どの NERD にとっては使い慣れた環境と程遠い 頭の痛くなるほどに不便な環境で、使い慣れたソフトも使えずス クリプトを走らせることもできずにそれでも作業をしなければならないのは とてつもない苦痛になる。言うまでもなくストレスは生産性を大きく下げる。 そして、人材の流出を促進する。

昔のように自由なコンピューティングをするにはどうしたらいいだろう。 この答えは、なぜ規制しなければいけなくなったかを考えればいい。 ユーザ自身が原因なのだ。ユーザがシステムをきちんと設定できるようになれば もっと自由に使えるようになるに違いない。コンピュータを使うためには やはりシステムとプログラミングを勉強するべきなのだ。 なにも管理者に慣れるくらい詳しくなれとか、Linux カーネルを書けるくらいの 凄腕プログラマになれといっているんじゃない。どちらも基本でいい。

コンピューティングは後ろで鞭を持ったお役人に脅されてびくびくしながらやるものじゃない。 本当はもっと自由で大きな可能性を持ったものだ。 新しい可能性と創造物は自由の中から生まれる。 つまんない面白くないと思いながら PC を触るんじゃなくて楽しみたくはないかい? サッカーにしても野球にしても楽しむためにはいくらかはルールを勉強したり 練習をしなきゃならならない。PC でも同じことなのだ。 少し勉強して少し自分で思うように動かせるようになればきっと楽しくなる。 自由で楽しいコンピューティングライフを目指ざそう。

|

« セキュリティパッチを当てましょう | トップページ | Hate DRM!!! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/103108/5435237

この記事へのトラックバック一覧です: 自由なコンピューティングのために:

« セキュリティパッチを当てましょう | トップページ | Hate DRM!!! »